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告発のとき 

2008, 07. 14 (Mon) 23:50

inthevalleyofelah_posterbigIN THE VALLEY OF ELAH

2004年11月。
退役軍人のハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)のもとに、
軍に所属する息子マイク(ジョナサン・タッカー)が行方不明だと連絡が入る。
無許可離隊などあり得ないと思うハンクは、
妻のジョアン(スーザン・サランドン)を残し息子を探すため基地のあるフォート・ラッドへ向かう。

同じ隊の仲間から話を聞いても事情がつかめないハンクは、
地元警察のエミリー・サンダース刑事(シャーリーズ・セロン)の協力を得て独自に捜索を始める。

イラク戦争から帰還した兵士の実話を基に映画化したドラマ。
行方不明の息子を追う中で、次第に浮かび上がる過酷な真実を描き出す。
トミー・リー・ジョーンズ、スーザン・サランドン、シャーリーズ・セロンとオスカー俳優たちの共演。
02 告発のとき

「クラッシュ」でアカデミー賞最優秀作品賞を受賞したポール・ハギスの最新作は、
イラク戦争の帰還兵たちに急増していると言われるPTSD(心的外傷後ストレス障害)をテーマに、
行方不明になった息子を探す父親の姿を通してアメリカの現実が描かれる作品です。

戦争が背景であるけど、前作「クラッシュ」でそれぞれの立場や抱える問題など人種差別だけに囚われなかったポール・ハギスが、今回もやりきれない思いは残しますが、
真正面から政治的な批判をする見せ方ではない人間ドラマに仕上がっていると感じました。
06 告発のとき

以下、ネタバレ含みます。


ハンクが基地内で息子マイクの机の引き出しから、こっそりとポケットに忍ばせた携帯の動画や画像で徐々に明らかになるようなミステリー仕立てかと思ったけど、
マイクは早いうちに無残な遺体となって発見される結果となりました。
最初はあまり協力的ではなかったサンダース刑事と、何故このような事になったのか犯人捜しへと進んでいきます。
elah1Charlize Theron

シングルマザーのサンダース刑事は、ペットを虐待した夫を持つ女性の相談にうんざり気味だったり、
男社会の中で同僚のセクハラを受けながらイライラがあるように思われます。
遺体発見現場は軍警察との間に管轄の線引きがあり、思うように捜査が運ばない。
軍警察にいたハンクの独自の捜査で明らかになっていくことに、このままではいけないと熱くなるのも当然のことでしょう。
04 告発のとき

父親にならって軍人になった長男を戦争で失い、今また次男マイクを失った母ジョアン。
息子の遺体を見届け、決まり文句のお悔やみの言葉に「あなたには子供がいないでしょ」との一言は、なんと重みがあったことか。
ハンクと無言で抱き合い涙するが、一人帰途へと向かうジョアンはやはり無言のまま車を降り夫と別れる。その後姿を黙って見送るだけのハンク。
軍人として生きてきた夫と長年連れ添ってきた妻には、同じ悲しみとして分かち合えることのできないものがあるのだろう。
息子を亡くした悲しみは、何故か諦めにも感じてしまうような夫婦の距離間があるようで、もの哀しいものだった。
10 告発のとき

真実が明るみになると、ハンクは息子の素顔やショッキングな事実を知ることになる。
犯人の自供はあまりにも淡々としていて、「申し訳ありません」と謝る一方で、
「明日だったら自分がマイクのようになっていたかもしれない」と言う。
誰もが加害者であり被害者であるということ。
苦しみや辛さを一緒に経験した仲間を些細な事から殺害し、遺体を処理した後にチキンを食べに行けるほど心が荒み、ハンクの問いかけにも怪しい素振りも見せず淡々と答えられる。
戦地へ行く前は正常な人間であったろうに、
壊れてしまった若者達の心を「どうして?」と問うことも腹立たしく思うことも出来なかった。
09 告発のとき

軍隊仕込みで古いタイプのハンクは、
毎晩、丁寧に靴を磨き、ズボンのしわを机の端で伸ばす。
朝はモーテルのベッドをきちんと整頓し、女性の前ではまだ乾ききっていないシャツでもまとい、
ストリッパーに対しても「マダム」と丁寧な言葉で対応する。
少ないセリフの中で彼のそうした習慣となっている行動は、誠実で正義を愛し悪を憎み、軍隊という所に深い愛情を持っているように感じられた。
だけどハンクはその軍隊に裏切られてしまった。

「父さん、ここから連れ出して」とマイクの悲痛な電話の声に、
「神経質になるな、頑張れ」と応えた父親。
ある兵士は「戦地から逃げ出したいが、帰還するとイラクに戻りたくなる」と語る。
ハンクですら想像を超えるようなイラクという戦場で、精神を破綻させていく兵士達。

アメリカは第二次世界大戦以降もずっと戦争を続けてきた国であることを思い知らされる。
戦争というものは愚かで悲惨なだけで、本当の勝利なんてどこにあるのだろう…
ベトナム戦争では枯葉剤の後遺症やドラッグ中毒に苦しみ、湾岸戦争を描いた「ジャーヘッド」でも精神が病んでいく過程や、帰還してからの適応に悩む姿が描かれました。
第二次世界大戦にあった大義のようなものもなく、
送り込まれる兵士達は、何のために戦っているのかも解らずただ戦地で地獄を味わうだけなのだろうか…

夫の異常な暴力を訴えに警察を訪れた妻は結局バスタブで溺死させられ、
この夫も帰還兵でPTSDの症状だった。
兵士だけに止まらず、家族までもがその後遺症の犠牲になってしまう。

ハンクと若者が交わした僅か一杯の酒と一本のタバコ…
悲しい選択はあったけど、少しでも若者達がまともな精神状態を回復するきっかけになったと思いたい。
charlize_theron1IN THE VALLEY OF ELAH

アカデミー賞主演男優賞のトミー・リー・ジョーンズは、
少ないセリフながらもその人間性や苦悩が伝わってきました。
重いテーマではあるけれど、寡黙な中にも真面目で几帳面すぎる故に、
端から見ると少し可愛らしくもありました(笑)
そんな彼の演技で救われる部分も多々あったと思います。
顔で語り動きで語る…そんな演技だったと思います。

スーザン・サランドンが僅かな出番とはいえ、物凄い存在感と貫禄がある演技に魅了されました。
感情を押し殺しながらも息子を失った母親の苦しみは言い尽くせないものを感じました。
助演女優にあがっても良かったんじゃないかな?

シャーリーズ・セロンも素晴らしかった!
単なるラブものよりこんなセロンがとても好きです。
嫌味のない美しさと強さと安心感を与えられました。
刑事として苦い経験も踏まえ壁を越えれたのではないか、そしてしっかりと息子を育てていくのだろうと。
07 告発のとき

このような映画が数々作られても、一向に終わりが見えない戦争。
オープニングとラストの星条旗は、
救いを求める息子に応えてやれなかった父親の、そしてアメリカという国を強く信じ愛していた軍人の深いメッセージを感じることになりました。

原題「IN THE VALLEY OF ELAH」(エラの谷)は、
イスラエルのダビデ王が羊飼いだった少年時代に、ペリシテ軍の巨人ゴリアテと戦った名称。
臆病な大人に代わり、巨人と戦わねばならなかった少年のお話だそうです。

「何故、王はダビデを送り出したの」と問うエミリーの息子と、
「パチンコの次はBB弾が欲しくなる」と言うエミリーの言葉には、今後の重要な課題があるように感じました。

ジェームズ・フランコとジョシュ・ブローリンは、それだけなの?!と言いたくなるほどで、ちょっと残念(苦笑)
好みはあれど、できればたくさんの人に観て欲しいなあ~と思う作品でした。

2008年 6/28公開 アメリカ映画
監督 ポール・ハギス